善次郎せんべいの由来と今日

このことについて次のようなエピソードが伝わっています。初代善次郎の父は漢学に熱中し、家計を省みなかったため家族は困窮し、くらしの糧を得るため、母が茶店で売れ残った団子をもとに、せんべいを焼く事を思い立ちました。そのころ善次郎は十歳、焼き上げたせんべい一篭を背負い、凧を上げながら、千住の在平野の里から、吉原の遊廓へ売りに出かけました。この一篭が評判をよび、遊女たちは競って求めるようになりました。このことから、母と子はせんべいづくりを本業とするようになりました。もっとも機械力のない当時のこと、一枚のせんべいを焼くにも、米を挽き、焼くまでに数日から、天候の悪い時には十日もかかったといいます。以来百五十年にわたって、連綿と焼き続けられてきたのが善次郎せんべいです。時代とともに、焼きのうで、タレのうまみは磨かれてきましたが、創業以来全く変わらないのが、”純米手焼”。その味を名古屋でも、と当地に移り住んだのが三代目善次郎。江戸前の味わいが、ご当地でもご好評をいただき、今日にいたっております。新米の風味、独特のタレ、厳選された海苔、胡麻、昆布、海老、さらには生じその風味をそのまま活かすなどの工夫を加え、お茶うけに、お中元・お歳暮、手みやげにとお喜びいただいております。